北海道の日本刀販売店・蝦夷桔梗屋。札幌市清田区で、日本刀を販売したりメンテナンスの相談を受けたりしています。 蝦夷桔梗屋についてもっと多くの方に知って頂くため、このたび代表の牧田善晶がインタビューを受けました。

どのような思いで蝦夷桔梗屋を始めたのか、どんな活動をしていて今後何を目指しているのか。半生を振り返りながら、牧田が語ります。

日本刀を身近に感じてほしい。幼少期から好きだった日本刀の販売を開始

―北海道で日本刀を販売されている蝦夷桔梗屋さんですが、代表の牧田さんもご出身は北海道ですか?

はい。苫小牧市で生まれました。
高校入学までは父親の仕事の都合で東京、札幌、稚内、網走、岩見沢へと引っ越しを繰り返していましたね。
そして、駒澤大学附属岩見沢高校に通っていました。


附属学校だったので、特定の教科の成績が特別良い場合は無試験で駒澤大学に入学できました。
私は算数が嫌いな一方で国語の成績は良かったので、駒澤大学文学部国文学科へ進学したのです。大学進学を機に、上京しました。

―どのような大学生活を送っていましたか?

吹奏楽部に入ったのですが、体育会系の部活だったため練習がとても大変で、授業に支障をきたしてしまうほどでした。
それで1年生のとき、かなり単位を落としてしまったのです。
もう大学を辞めてしまおうかと思い、一度北海道の実家へ帰りました。しかし、大学の友人が電話で励ましてくれて、再び大学へ行くことになったのです。

単位を相当落としていたので、周りがバイトや遊びに明け暮れるなか、ずっと授業を受けていました。
そして大学3年生の終わり頃に、居合道を始めました。

居合道は、目の前にいると想定した敵が刀で斬りかかってくるのを察し、刀を抜いて倒して納刀するまでをひとつの型とする武道です。

居合道の始祖は、戦国時代から江戸時代に生きた林崎甚助という方です。私は居合道のなかでも、中山博道氏を流祖とする夢想神伝流を学びました。

―居合道を始めたきっかけは、何だったのでしょうか?

幼い頃から、時代劇に出てくる日本刀を見るのが好きだったのです。特に殺陣のシーンで刀がアップになったときは、テレビ画面に釘付けになりました。

それで、いつか刀に携わる武道武術をやってみたいとずっと思っていました。
そして、大学生のときに刀を扱う武道は居合道であるとわかったため、始めた形です。

―授業と居合道に明け暮れた大学時代が終了したあとは、どうされたのですか?

仕事の都合で、大学卒業後はすぐに西日本へ引っ越しました。
当時は就職氷河期で、30社に応募して1社にも採用されないという状況がめずらしくなかったのです。
そのため、サティ(現イオン)の食品部門で働くとともに、ガソリンスタンドやレンタカー店、時計・宝石眼鏡店など、さまざまなところで働きました。

―そこからどのようにして、北海道で日本刀販売店を始めることになったのでしょうか?

平成23年に、北海道へ帰ってきたのです。そこから、いくつかアルバイトをしていました。
正社員のお誘いもありましたが、これまでさまざまな場所で働いてみて、自分がどうもサラリーマンに向いていないと感じたのです。

そこで、自分で事業をやってみようと思いました。 居合道を学んでいたため私にとって日本刀は身近な存在だったのですが、北海道に帰ってきてからは日本刀が身近になく、そのことに疑問を覚えました。

北海道には日本刀の販売店もありませんでしたし、居合道の道場もありません。それでも、北海道の人にもっと日本刀を身近に感じてほしい。

実際に手に取ってもらい、日本刀の魅力を感じてほしい。そう思って、日本刀をはじめとする古物を扱う事業を始めました。
平成24年に起業し、蝦夷桔梗屋という屋号にしたのは平成26年です。

―蝦夷桔梗屋という名前の由来は何ですか?

北海道だから蝦夷を入れようとは最初から決めていたのですが、蝦夷屋だと何となく居酒屋のような雰囲気があると感じたのです。

私は子どもの頃から桔梗の花が好きだったので、屋号にも入れようと思いつきました。 また、桔梗を屋号に入れたのは、とある不思議なつながりも関係しています。

子どもの頃に東京へ引っ越したときも、大学に進学したときも、自分の意思とは無関係に平将門公の首塚へ参る機会がたびたびあったのです。

そして、平将門公の首塚を守り続けているのは、安倍晴明の子孫である土御門家です。
安倍晴明は、紋に桔梗を使用していました。これは偶然とは思えず、何かご縁があるのだろうと考え、桔梗を屋号に入れることにしました。

日本刀の販売からメンテナンスまで、業界内で連携しながら価値提供

―お恥ずかしい話ですが、これまで北海道に日本刀の販売店があるとは知りませんでした。

インターネットを使った情報発信をしていなかったので、あまり知られていないかもしれません。
これまでは主にコレクターのお客様にご利用頂き、そこから口コミで広がっていった形です。

以前私は恵庭に住んでいて、札幌のお客様の自宅へ伺う行商形式の販売をしていました。
しかし、それでは商談に無理があると感じたので、2019年末から札幌に拠点を移したのです。
今は自宅兼商談室という環境で、落ち着いて日本刀を見てもらうことができます。

―現在の仕事内容について、お聞かせください。

任用心理カウンセラーの資格も持っているのでカウンセリングの仕事をすることもありますが、やはりメインは日本刀や古物の販売・相談です。

特に、日本刀のメンテナンスに関する相談を受けることが圧倒的に多いです。
持っている日本刀が錆びてしまった、外装(拵・こしらえ)をつけたいがどうすれば良いのかわからないなどの相談を受け、メンテナンスも任せて頂いています。

私どもは、岐阜県で居合刀を専門に取り扱っている濃州堂さんと提携し、刀の製作をお任せしています。
また、刀の研ぎは東京の研師さんに依頼しております。

―新しく日本刀を販売するだけでなく、お客様が所持している刀のメンテナンスも行うのですね。

はい。一般的に日本刀は白鞘という状態で保管されることが多いのですが、外装をつけたいと考えるお客様もたくさんいます。
日本刀の外装は車と同じで、いくらでもこだわれます。鞘の色、縁金具、鍔など、個人の好みによって選ぶものが変わるため、
最終的にできあがる外装も様々です。
お客様が希望した金具を全国で探さなければならないこともよくあるので、業界内のつながりを大切にしながら、できる限り要望に応えています。

―見た目に関わるものですし、徹底的に外装にこだわるお客様も多そうですね。

そうですね。その方の趣味嗜好をある程度把握しておかないと、外装が完成してから「イメージと違う」と言われてしまうこともあります。


やり直しになると利益はなくなるので、最初にお客様と私と職人さんのイメージをきちんとすり合わせることが重要です。


ただし、お客様がCGで具体的なイメージを出したとしても、職人さんに「それは扱ったことがないからできない」と断られてしまうこともあります。
日本刀の外装はまだまだ進化の可能性があると思いますが、職人さんは保守的な方が多く、日本刀や外装の掟を守りたがります。

私は間に入っている立場なので、職人さんに断られてしまってはどうすることもできません。
最終的には、お客様に妥協して頂くこともあります。
一方で、お客様が自身の理想を頑なに譲らないという場合もあります。

以前、希望された刀を仕入れた際、インターネットで調べた相場以上の金額は出せないとお話しされたお客様がいました。
日本刀は状態や外装によって金額が変わりますので、インターネット上で公開されている相場が必ず正しいとは限りません。

そう説明しても納得する金額でしか買わないと言われてしまい、困ったことがありました。 私どもは日本刀を商品として扱っていますが、売りつけるのではなくお譲りするという感覚でいます。

だからこそ、お客様には日本刀の仕上がりにも価格にも納得して頂いた状態で、気持ちよくお譲りできるといいなと考えています。

触れる・学ぶ機会を提供し、日本刀 を広く普及させたい

―現在ではオンライン上で日本刀が販売されることも増えましたが、何か懸念されていることはありますか?

日本刀をもっと身近に感じてほしいと思いますが、一方でハードルが下がりすぎてもいけないと思っています。
今は、オークションサイトで模擬刀が買える時代です。
綺麗な写真を見てオークションサイトで何十万円という決済をしたにもかかわらず、ボロボロの刀が届くこともあると聞きます。

だからこそ、日本刀を取り扱っている販売店で、実物を手に取ってから購入を決めるのが大切だと思います。
ちなみに、インターネット上で模擬刀として販売されているものが、実は模造刀だったということもあるため注意しなければなりません。

鉄が数%でも含まれていれば、模擬刀ではなく模造刀となります。
模造刀は、所持するだけで銃刀法違反となってしまうのです。
一方模擬刀は、亜鉛合金でできており鉄は含んでいません。そのため正当な理由があれば、法的に問題なく運搬できます。

この模擬刀と模造刀の違いを、インターネット上で販売している業者さんですら認識していないことがあるのです。
含有成分が明記されていない刀がオークションサイトに出品されることも、めずらしくありません。

だからこそ、オークションサイトを通じた購入には慎重になって頂きたいと思います。
蝦夷桔梗屋では日本刀を販売するだけでなく、アフターフォローも行っています。

買って頂いたからにはずっと大切にしてもらいたいので、そのためのフォローはさせて頂きます。

―ハードルが下がりすぎないようにしつつ、日本刀を身近に感じてもらう。そのために、蝦夷桔梗屋さんで行っていることは何かありますか?

真剣を用いた試し斬りのイベントを、不定期で開催しています。
まずは模擬刀で感覚を掴んで頂いてから、真剣で畳表を斬ります。

美術館や博物館で日本刀を鑑賞することはあっても、実際に手に取り斬ってみるという体験はなかなかできないのではないでしょうか。

斬ってみることで、日本刀は決して美術品だけにとどまらない武器であるんだと肌で実感できるようになります。
日本刀に触れる機会は、今後も提供していきたいです。

―日本刀に興味を持った方を受け入れていくというのも、蝦夷桔梗屋さんが果たす役割なのですね。

そうですね。ただ、アプローチが難しいと思います。

私もそうですが、日本刀の業界全体がアナログで、十分な情報発信ができているとは決して言えません。
さらに、日本刀について書物などで学ぼうとしても、説明が専門用語ばかりです。これは、日本刀を学ぶ際に弊害になると思います。

だからこそ、わからないことがあればどんどん専門家に聞いてほしいです。
日本刀について学ぶ機会や実物に触れる機会を、これからどんどん提供していきたいと思います。

―最近ではゲームや漫画から日本刀に興味を持つ方も増えていますが、どう思われますか?

日本刀に興味を持つ方が増えるのは、とても喜ばしいことだと思います。
私も日本刀に興味を持ったきっかけは時代劇でしたし、入口は何でもいいと考えています。
とにかく興味を持って日本刀に触れて頂いて、そこから所作や掟、礼節を学んで頂きたいです。

さらに、日本刀を入口として居合道の世界にも興味を持ってもらえると嬉しく思います。
精神的な武士道の概念や考え方を継承する方が増えると良いですね。
蝦夷桔梗屋の使命は、武士道の継承をすることだと思っています。

武士道は、儒教の教えである五常の徳「仁、義、礼、智、信」が基礎となっている思想です。
「強きを挫き弱きを助く」という武士道の教えを、若い方にも学んで頂きたいです。 また、日本刀は歴史と密接に関わるものなので、歴史についても考えてみて頂きたいと思います。

今はインターネットでも歴史を学べますが、情報を鵜呑みにするのではなく、自分の脳を使って考えるようにしてほしいです。
人類は歴史に学ばなければなりませんから、日本刀に興味を持ったら歴史についても考えてほしいですね。

―美術的にも歴史的にも価値があるからこそ、日本刀に惹きつけられる方が増えているのかもしれませんね。

そうですね。しかし、美術品としての価値がある日本刀を扱う者として、新型コロナウイルスの流行によって浮き彫りになった文化芸術の扱いには心が痛みます。
文化芸術は、非常事態下では真っ先に淘汰されてしまうものです。

生きていられるかどうかという緊迫した状況において、芸事は1番必要ない。これは、その通りだと思います。
しかし、文化芸術は人間が人間らしく生きるための基礎となるものです。
文化芸術を排除してしまうと、次の世代はマイナススタートになってしまいます。

美術品でもある日本刀を販売し、魅力を広めていきたいと考える事業者として、文化芸術を守っていかなければならないと思います。

―蝦夷桔梗屋さんは、今後何を目指していくのでしょうか?

最終的に目指すのは、1家庭に1振りの日本刀がある状態です。
日本刀には守り刀や嫁入り道具としての側面もあるので、その家に伝わる刀として1振り持ってほしいと思います。
それが実現すると日本刀を販売するビジネスは終わりを迎えてしまいますが、そこを理想として一般家庭に普及させていきたいです。
日本刀は金額がそれなりにしますし、武道以外に使い道がないため、購入する際に家族の理解を得るのが難しいものでもあります。
そういった意味でハードルは高いですが、これから一般的な存在になってほしいと思います。
少しでも日本刀に興味を持っている方は、ぜひ行動してみてほしいです。
蝦夷桔梗屋に刀を見に来て頂いたり、試し斬りのイベントに参加して頂いたりすることで、新しく見えてくるものもあると思います。
北海道の方に日本刀をもっと身近に感じてもらえるよう、蝦夷桔梗屋も精進して参ります。

<著 相良 海琴/フリーライター>

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